『お疲れ様。 ねぇ 秋乃ちゃん。美味しいワインを置いてる店を見つけたんだけど、今度一緒に イタリアンでも食べに行こうよ。たしかワイン好きだって言ってたよね？！』
たまたま高橋課長と二人きりになったエレベーターの中で、進藤秋乃は食事に誘われた。
秋乃
「課長、私がワイン好きだなんてよく覚えてますね（笑）」
高橋
『覚えてるよー！この前の飲み会の時に、喋ってたでしょ？秋乃ちゃんがイヤじゃなければ、どう？ 秋乃ちゃん、最近なんか疲れてるみたいだし…憂さ晴らし、ってことでさ。』
爽やかな笑顔で誘ってくれる高橋は、秋乃が勤める大手文具メーカーの地方支店、仙台支店営業部の課長であり、まだ33歳と若いが、次の人事で部長に昇進するのではないかと囁かれるほどの若手のホープだ。
長身でスポーツマンタイプの彼には、美人と噂の高い奥さんがいる既婚者である。
でも、なぜか、何かにつけて秋乃を気にかけてくれている。
秋乃
「恥ずかしいなぁ。疲れ・・・顔に出てます？ 本当 課長って気が付きますよね（笑）」
高橋
『そりゃ気づくよ。秋乃ちゃんの事だもん。』
秋乃
「課長、ダメですよっ（笑）そんな風に女の子に言ったら、勘違いしちゃいますから（笑
）」
高橋
『秋乃ちゃんも勘違いしちゃうの？』
秋乃
「いいえ（笑）私は分をわきまえてますので、そんな勘違いはしません（笑）」
高橋
『なーんだ。勘違いじゃないのになぁ。』
秋乃
「？？」
扉が開き、エレベーターを降りるふたり。
高橋
『では進藤さん、先程の件、また指示出しますから、よろしくね。』
秋乃
「ぁ・・・はい。かしこまりました。」
高橋は、いつもの社内口調でそう告げると、爽やかに微笑んで会議室へ向かった。
<<勘違いじゃないって･･･そういう事？>>
高橋の意味深な言葉に気を取られながら業務をこなしていると、突然。
ポケットに入れたケータイが震える。
高橋
【進藤秋乃さん、僕と一緒にお食事に行ってくれませんか？】
と、高橋からメールが届いていた。
秋乃
【分かりました(*´ω｀*) 美味しいワイン楽しみにしています♪】
と、秋乃が返すと
高橋
【やった！じゃぁ 早速だけど、今度の金曜日なんてどう？予定、大丈夫？】
とすぐに返事が来た。
秋乃
【私は良いですよ(●´ω｀●)】
高橋
【じゃぁ決まりね！残業しなくて済むように、仕事量調整するから（笑）課長権限で（笑
）】
秋乃
【職権濫用ですね（笑）】
金曜日まで、あと2日。
美味しいワインと美味しいイタリアン、そして高橋とのデートに心が踊った。
そして、どんなお洒落をして行こうかなぁ、と思いをめぐらせ、うわの空で残りの仕事を終わらせた。
<<課長って、もしかして私に気があったりするんだろうか？？>>
仕事帰りに、いつも行くショップで金曜日のデート用の服を物色しながらも、つい高橋の
ことを考えてしまう。
秋乃と高橋が務めている仙台支店営業部は、総勢25人。
そのうち女性は6人で、営業の男性達をサポートする、所謂 営業事務である。
秋乃は転職して今の会社に入り、もうすぐ1年が経とうとしていた。
転職した時には、既に高橋は課長で、実際にサポートをすることはあまりなかったが、何か理由をつけては飲み会が開かれる体育系営業部だったので、普段は関わりの少ない男性陣とも話す機会はあった。
女性陣は独身のお局様２人に既婚の先輩が２人、それと秋乃と新卒の子が１人。
先輩４人には気を遣ってしまうし、新卒の子はぶりっ子タイプで関わりたくないので、飲み会では、なるべく目立たず自分のペースで飲むことが多かった。
高橋はそんな秋乃を気にかけ、いつも話しかけてくれていた。
<<課長優しいし、イケメンだし、モテるんだろうな。あれで既婚者だから余計に（笑）>>
先輩方には、もちろん評価が高く、繁忙期で事務作業が忙しい時でも小まめに差し入れや声がけをしていく本当に気のつく人だ。
特に、新卒ちゃんは、誰の目にも媚を売っているとしか思えないほど高橋に懐いている。
<<新卒ちゃん、課長が結婚してるとか関係ないんだろうな（笑）>>
金曜日のコーディネイトを決め、会計を済ますて帰路につく。
帰宅し、食事を済ませると、自室に戻ってPCを開くのが最近の日課。
ここ2ヶ月ほど前からブログを書き始めている。内容は他愛もない日常から、時折 自撮りをアップしたり、最近では、セクシーでかなり際どい記事も書き始めている。
過去の恋愛で、手酷い目に遭った経験があり、恋に深入りすることにかなり臆病になっている。
この先、心から人を好きになることも、好きになってもらえることもないと思っていた。
ブログでは、リアルでは決して出せない自分をさらけだすことができる。
きっとリアルの自分を知らない人たちと本音のやりとりをすることで心のバランスを取っていたのだろう。
ブログは今の秋乃にとって息抜きであり楽しみでもあった。
「今週の金曜日、会社の上司さんに美味しいワインの置いてあるお店に連れてってもらうんだ♪すごく楽しみ！！
雰囲気のいいお店でも恥ずかしくないように、新しいお洋服購入（笑）
既婚者さんだけど、食事するくらい・・・良いよね（笑）」
そう、今日の買い物の画像とともに書き込みをすると、秋乃は眠りについた。
